父の10回目の命日&母の四十九日

今日は、早朝から空の上をヘリコプターがばたばた何機も舞っていた。

しかも、こんな夜になってもまだ舞っている。日が暮れても、空中から神奈川新町の事故現場を撮影できるのだろうか?

 

ともあれ、今日は父の10回目の命日であった。

私とは仲が悪かった父。私は特に仏事にも興味はないので、母が認知症になってから、父に法要は何もしてこなかった。

しかし、今日は、母の遅めの49日と一緒に、法要を営むことにした。

姪はまだ若いのに、先月「49日どうするの?」と聞いてきたので、彼女を誘ったら今日来てくれた。

 

お寺だって霞を食べて生きていくことはできないから、わかるんだけど、仏事ってほんとお金かかるね。

でも、年を重ねるにつれ、ある程度は親の気持ちも推し量り、渋らずに払う習慣はついてきた。

詳しいわけじゃないけれど、浄土真宗は、形式ばらず、簡単でもある。位牌もないし。

 

両親を説得して、近所の写真館で13年前に撮影させた2ショットの写真を持参した。

このときはまだ二人とも元気だったので、良い写真が撮れたのだ。

 

あとは、姪に宝飾品類の形見分けをした。

それから、横浜駅周辺でご馳走をし、彼女の旦那さん用にお土産をあれこれ買って持たせた。

 

でね、こういうことはあまり言ってはいけないのだとは思うんだけど、この二人、私があれこれ買ったりあげたりしても、返信がないんだよね。

「この間のケーキおいしかった」

とか、うそでもいいから一言メッセージが欲しいんだけど。

しかし、最初からお礼を期待して行う行為っていやらしくて最低だからね。

死んだ父方の祖母がもう、その点に関しては完全に反面教師であって、10年前買った砂糖とか、5年前に買ったインスタントラーメンとかを人にくれてやっては、5分くらいで、

「お礼がない、お礼がない」

と、ゆでだこのように発狂するのであった。しかも、ヒマ人なので、同じネタで5年も10年も新鮮に激怒し続けるのであった。

怒るために生まれてきたような婆さん。

かくして、この婆さんは死ぬまであらゆる人たちに嫌われていた。

こんな狂人なので、私はこの婆さんの血を残さないために、子供を持たなかった。

姪もそのうち、どこかで学ぶだろう。何かとりあえず一言いっておいたほうがいい、って。