言いたいことをはっきり言う

最近読んだ本の中に、

「死に直面した人に、何を後悔しているか尋ねると、『言いたいことをはっきり言えばよかった』という答えが返ってくる」

とあった。

これ以外にもいくつかあるのだが(参考「死ぬ瞬間の5つの後悔」)、私もきっと、こう思うだろうな、と思った。

 

私の母は、年代を考えたら仕方がないのだが、徹底した男尊女卑論者だった。

「世の中、なんでも男。男が上」

「女の利口は男のバカと同じくらい」

と言って私を育てたので、結果、私は、クラスのほとんどの男の子より成績が良かったにもかかわらず、男の子と意見が違ったら退いていたし、男子と歩くときは半歩あとを歩く、と言ったことを大真面目でやっていたのである。

長じて、就職したあとも、どんなに仕事ができなくて窓際に寄せられたおっさんでも「この人は男だから偉いんだ」と思い込んでいた。

そういう男の人に質問をして要領を得なかったことを女子社員に聞いたら、スパッと回答が帰ってきたときでも、

「この人は女なのに、合っているのだろうか」

と思って悩んだ。

当時はまだ「セクハラ」なんて言葉がなかったけれど、職場にもかかわらず、やたら卑猥なネタを話しかけてくる男性上司に対しては、

「私はこういうネタを笑って過ごせないカタブツな女だから、自分が悪いんだ」

と思い込み、必死になって話を合わせて笑おうと努力していた。何かしっくりこないことは全部私が悪いのだと思っていた。

 

女性の上司を持ったことは少なかったが、女性には比較的言い返せた。しかし、男性上司の場合は、いくつになっても、どんな理不尽なことを言われても、絶対反論できず、すぐに謝罪して引き下がった。土台、反論の仕方を知らないのだ。すぐ泣いたし。

 

結婚してからも、母が父にしたような主婦をやっていた。アメリカ人の夫は、こんなJapanese wifeを持てて、さぞ幸せだったろう。家事は当然、全部私がやっていた。

 

友人たちからは、「古い、古い、あまりに古い」と馬鹿にされた。しかし、私は、母に教わった通りに生きてきたので、なんでそんなに馬鹿にされるのか、なかなか理解できなかった。

 

母のもう一つの口癖に、

お父さん(お兄ちゃん)がそう言ってたよ

というのがあった。今から考えると、父も兄も欠点だらけ、間違いだらけだったのだが、母にすると、男である父、頭が超よかった兄(母にとっては長男)が言うことなのだから、女の我々より100%正しい、と疑わなかったんだろう。

 

後年、母に、「なんであんな古いしつけを私にしたのか」と、なじりながらも聞いてみたら、

「そりゃ悪かったね。だったらあんたも、自分が産んだ子供にそうしつければよかったでしょ」

などと言い返された。私がなぜ子供を産まなかったのか知っているくせに、ひどい母だと思った。

 

かなり年を重ねてから、やっと、このおそろしい刷り込みから、脱出しつつある。

自分だけが常に悪いのではなく、周りだって悪いのだ、と思うようにした。

今でも、昔の上司とか、ひどいことを言われたのに黙って引き下がった面々を思うと「あの時ああ言い返してやればよかった」と、思っても仕方のないことで腹が立ったりする。

これからは、もっと面の皮を厚くして、言い返すべきことは言い返すことにした。

先日、葬儀屋に、母の葬儀代があまりに理不尽だったのにガンガン文句を言うということも、かつてはできかなった。

これとは別件で、支払い請求を受けているものがあるが、これも「ぼりすぎだ」と思っており、先方もその自覚があるので、払わずにシカトしている。相手はどうでてくるか、見ている。

長い年月がかかったなあ。

 

しかし、言い返さなかったことで、もしかしたら私にメリットがあったのかもしれない。

実際に生じたトラブルは把握できるけれど、反対に、「避けられたトラブル」は、絶対把握できないからだ。

言い返すのと、言わずに黙って退くのと、どっちが必ず正しくてどっちが違う、ということは言えない。

悩ましい。