「そんなことは変だ」という境界線

旦那はアメリカ人で私は日本人。なのでカルチャーは全然異なる。

日本人同士であっても、そんなのは普通だろうけど、「そんなことする(言う)のは変だ」の基準がかなり違うのである。

 

例えば、この間、Yew YorkのRitaの家でクリスマスパーティーがあったときのこと。

Ritaには、異父姉がいる。その姉夫婦も来ていた。異父姉の夫はかなり年上で、というか、正確にいうと継父(Ritaの実父=旦那の兄)と同じ年である。もう引退し、耳も遠いそうなので補聴器を付けていた。

その異父姉が、ネットで見つけた引っ越し先候補の家をiPadでみなに見せながら、わくわくしている。

「私はキッチンにいるのが好きなの。だから、見て、この家、キッチンすてきでしょ」

などと、いまからもう買ったも同然の興奮ぶりだった。

Ritaは料理好きだけど、異父姉もそうだとは知らなかったので、この旦那さんに、

「How do you like her kcooking? (彼女の手料理はどうですか?)」

と聞いてみたら、とんちんかんな回答が返ってきた。これは彼が難聴なのと、私の英語が彼には下手すぎて聞き取れなかったせいだ、と思って、そこで話はうちきった。

 

しかしそのあと、旦那から、「奥さんの手料理がどうか聞くなんて、すっごくおかしい」と、すっごく非難された。

へ?どうして?

日本人だったら、そう聞かれたとき、「うちのかみさんの料理はうまいよ~」なんて普通に会話するでしょ。

なにがそんな変なことなのか、理解できない。

 

また、あるときには、とあるところでランチを外食していたときのこと。

隣の隣のテーブルに座っていた夫婦が連れている幼子を見たら、まあ、可愛いったらないのだ。

まっしろな天使、といった感じ。私は普段、子供が苦手なので、あまり子供にはかかわらないようにしているが、そんな私を釘付けにするほどの、愛らしさ全開、お人形のような子であった。男の子だったろうが、女の子と言っても通用する美しさだった。

私は、旦那にそっと聞いてみた。

「あの赤ちゃんが可愛い、って、ご両親にほめに行くのっておかしいかな?」

すると案の定、「おかしい」とバッサリ。

それでもあきらめきれなかった私は、頻尿の旦那がトイレに立った間、そのテーブルの近くに行ってみた。

ママさんもトイレに立ったらしく、パパさんとその子だけが座っていた。

私はそのパパさんに向かって、なんと可愛らしいお子さんなの、と、めいっぱいほめた。

そのパパさん、嬉しそうに「thank you」と答えてくれた。1歳3か月だ、という。

子供嫌いな私をして、ここまでしてほめさせるほどの愛らしい子。

旦那は「変だ」と切り捨てたけど、言ってみたら、それほど変じゃなかった(と思う)。

 

異国の地では、旦那の意見の方が優先されるべきだろうけど、なんだろう、こういう家庭とかの状況のときは判断に困る。

彼はまともで暖かい家庭で育っていないので、なおさら。