「死ねてよかったね」と思えるパターン

こういうことを、第三者が言うのもご遺族に失礼なのは承知だけど、世の中には、死ねてよかったねと思えるパターンがある。

重い病気を患っていた人などは、苦しみから解放される。

今日の野村監督も、思わず「サッチーさんのところに行けてよかったね」と思ってしまった。

まさか、100歳まで軽く生きると思っていたあのサッチーさんが、夫を置いて急に死んだときは驚いたが、サッチーに置いていかれた野村さんは、みるみる憔悴し、見るのも惨めな老人になった。

 

王さんは、たしか60歳で奥様に先立たれたけれど、娘さんが3人もいたし、老いてから年下の彼女(現夫人)ができたから、ガンになっても生き延びて仕事を続けていられる。星野さん、長嶋さんも奥様に先立たれたが、彼らにも娘がいる。野村さんは、息子しかいなかった。彼らを見ると、老いて妻に先立たれた男の命運は、世話を焼いて孤独をいやしてくれる娘がいるかどうかに大きくかかわってくるような気がしてならない。息子じゃ、こうはいかない。

 

話が少し変わるけど、最近私も、料理して後片付けして、というのがおっくうになってきた。一回料理しただけで、洗う鍋や皿がたくさん出る。

私は、古い、古~い母のしつけを受けて、「女は家事をちゃんとやらないとだめ」と育てられたから、料理は好きだしその他家事全般もしっかりやってきたのだけど。

男って、「料理」というと、火の上でじゃっじゃっと混ぜる行為しか考えないみたいだが、料理とは、メニューを考え、冷蔵庫の中身や財布と相談し、スーパーの安売りのチラシも見て、買い物をし、洗い、切って、調味料と皿を準備し、作り、盛り付け、食べて、それから片付けるまでの一連の行為すべてを指すのだ。とりわけ男は、後片付けをしないから、男の料理は嫌われる場合が多い。

 

うちのアメリカ人旦那なのだが、世間ではよく、

「外人の旦那さんはよく手伝ってくれるでしょう」

などという美しい誤解をしている。

私は、あいつに料理を手伝ってもらうのがキライなのだ。なぜかというと、例えば、冷蔵庫から卵を1個出してちょうだい、と頼むとする。

すると、あいつは、わざとらしい日本語で、

「あ~、れいぞうこから、たまご出し業を、おこないました」

「たいへんなしごとです。たまご出し業は、たいへんです」

と、何度も繰り返し、できた料理を食べながら、

「Oh, we made this together (これを一緒に作ったよね)」

と言い、

「あ~、たまごがなかったら、これはできなかったでしょう」

と、もう、殺してやりたいようなことをつぶやき続けるのである。私はげんこつを出して、あいつの頭を殴るふりをする。すると、あいつは笑って首をすくめる。

もう、無視するなりすればいいのだが、私が怒るのを面白がって、毎回毎回飽きもせず言うのだ。

 

男は、奥さんが先立つと、すぐ死んでしまう。

しかし、女は、夫が死ぬと、3度のご飯を作る義務や、その他もろもろの面倒くささ、うっとうしさ、しがらみ等から解放され、実に生き生きと未亡人ライフを送り、長々生きる。

なんという違いだろう。