「食品ロス」と「空いている棚」

このごろやっと、トイレットペーパーが大体いつでも店頭に一定量が置いてあるようになった。

こうなると人間、安心するもので、買い急がなくなる。

普段、トイレットペーパーなんて売っていない近所の酒屋さんの店頭に、どこから仕入れてきたのか、箱が数個積み上げられていて、

「1つ400円」

なんて貼ってあっても、誰も買って行かない。ちょっとヒッヒッヒ。

下はもうちょっとヒッヒッヒで、支那からやっと仕入れたマスクが、売れなくて、段々と投げ売り状態になってきている。

 

我々は、本当に久しぶりに、「店の棚に物が常に置いていない」という「異常」な状態を体験することができた。

日本では、棚がある限り、商品で埋め尽くすのが当たり前で、それに対して何等の疑問も抱かずにきた。て言うか、棚を空かせている店は「だらしない」「やる気ない」と見られてしまうのを店側はいやがる。しかし、閉店時間近くになっても、棚に累々とある弁当や惣菜などが、「賞味期限」とやらをまたいだ後の行方は、豊かでない育ちをした私には、想像するのもつらい。ひとたび買って帰った家では、冷蔵庫に入れ、何日もチンしながら食べ続けているのに、どうして売るという立場ではそこまでの厳密さを要求されてしまうんだろう。

 

最近、やっと「食品ロス」( 英語では「food waste」)への対策がクローズアップされてきた。 

シングルマザーなどの貧困家庭に、まだ食べられる食品を回そう、とか、賞味期限が迫っているもの、学校給食がなくなって廃棄されそうな食材をネットで拡散して買ってもらおう。などという試みである。

前から、お店のことで気になっていたことがある。日本人は、性善説だから、

「明日30人分ね」

などという見知らぬ人からの電話予約でも信じてしまうが、当日になっても姿を現さず、電話にも出ず、結局、お店の側は、調達した食品をむざむざ廃棄せざるを得ない、という被害だ。そういうのは、該当する刑事罰があるなら罰するべきだし、民事上も廃棄した費用等の損害賠償を、もっと簡単に請求できる制度があればいい。というか、もっと理想なのは、一度に◎万円分以上の予約は、前金を入れさせることだ。お客様は神様でもなんでもない、普通の人間なのだから、安易に信じないほうがいいし、前金をと言われて激怒するような客なら、来なくていいくらいの構えでいい。

 

日本人は、

「お店の棚には、いつでもモノがあふれるくらい並んでいるのが当たり前」

などと思ってはいけない経験、言い換えれば、ほどほどの不自由の体験を、今後もずっとし続けたほうがいいのではないだろうか。今夜もまた、スーパーやコンビニで大量に廃棄されるであろう食品のことを考えてしまう。