時代が進むにつれ、いろんな言葉が次々に死語となる。
「ペンフレンド」
も、そうだ。いまの若い人たちは生まれたときからメールやLINEなどでやりとりしているから、この意味はわからないという。
再放送中の朝ドラでは、主人公と、後に妻となる女性が、文通(←ぶ、ぶ、ぶんつうも死語か?)を開始し、次第に惹かれ合っていく流れになっている。
当時は、福島県と愛知県の間では、手紙も片道最低10日くらいはかかったのではないだろうか。
なにより、届いたことが親や同居の人間にもバレてしまう。
それでも、文通で結婚に至った人間は数多いだろう。私の両親もそう。そして、当の私自身もそこから始まったのだ。途中からFAXに切り替わったけど。当時はFAXってものに、宇宙旅行くらいの進化を感じていた。
いまや、文字は「書く」のではなく「打つ」時代。
しかし、それであっても、「美文字ブーム」がすたれないところを見ると、日本人はたしなみとして、美しい文字を書くことを高く評価する文化が根強いと思う。
今後も、そうあって欲しい。
私がまだ新入社員時代は、女性社員に期待される要素の一つに、
「字がきれいな人」
があったほどだ。今では笑ってしまうけど、でも、確かに、肉筆の字がきれいな人はすてきだ。人柄までしのばれる。必ずしもきれいでなくても、やはり人柄は伝わってくる。
アルファベットの話だが、今の学校では、英語の授業で、筆記体を教えなくなったそうだ。私が中学生の時は、筆記体を習うだけで、すっごく大人びた思いがしたというのに。しかし、本場アメリカですら授業で筆記体を教えなくなってきたと聞いて、心底たまげた。
あちらだって、カード類に手書きでメッセージくらい書くでしょうに。
かくいう私は、字下手で、通信教育や教室でペン字を習ったことがあったが、生来の自分の文字とは違う字を書かされるので、ちっとも身につかなかった。その後、自力でまあまあ見られる字に直した。