日本シリーズを見ていたら、まるで「大人と子供」の実力差で、見ちゃいられなかった。人気のセ、実力のパというが、SBの実力の高さと野球へ姿勢は、Gと天と地の差だ。もし我が地元球団がそっくりパに移動したら、万年6位だろう。ホーム球場が使えない、というGの不利は割り引いても、それどころの実力差ではなかった。

またSBの4連勝かな。

 

さて。

母が、老人ホームに入居していたときの工作類を、断捨離することにした。

入居者の認知機能を少しでも維持するため、ホームの側では、よく、塗り絵、工作などをさせてくれていた。

塗り絵は指導も不要で簡単だからと見え、ごまんと出てきた。

工作みたいなものも多々あるし、誕生日、敬老の日、クリスマスなどに、写真を撮って貼った色紙も多数。寄せ書きも何枚も出てきた。

 

 

でも、涙をのんで捨てます。母の思い出には、変わりは無いから。

母は案外、こういう工作、得意だったみたい。でも、人間って、生まれてからの数年と、死ぬまでの数年がよく似ている。おむつをつけ、周りの人の世話になりっぱなし。でも、前者は上昇で、後者は下降だ。

 

母が老人ホームに入居していた間の訴えで、私が最も困ったのは、

「私、お金が1円もないの。ちょっとそこに買い物に行くにも、1円もないの。お医者さんにも行けないし、湿布も買えなくて困っているの。頼むからお金をちょうだい」

というものだった。もちろん、ホームからの勝手な外出は許されていなかったし、金銭を身の回りに置くことも禁止されていた。医者も薬も、ホームの方で手配して、隔週で往診に来てくれていたので、自分から医者に行ったり薬を買いに行く必要もない。それを、何遍言っても、全く理解できなかった母。長年、主婦として買い物をしつづけてきたから、自由に買い物に行けるお金が身の回りにない、ということは、到底信じがたいことだったのだろうけど,母は、自分がホームに住んでいるという事実も、その理由も理解できていなかった。

 

まだ字が書けるうちに、何か書いたら、と、ノートと筆記用具を置いていたが、あとで見ると、

「桃実のケチにはあきれる。私にだって少しはお金を持たせてくれていたっていいじゃないの」

などと、私の悪口まで書かれていた。

湿布で気が済めばと、たくさん買って持っていったが、それでも「お金がない、お金がない」は止まなかった。

 

あまりにもお金、お金というので、仕方なく、4000円ほど財布に入れて置いてきたことがある。

行くと、少しずつ減っていた。

「ちょっとそこに行って、みんなでみかんを買って食べたの」

などと言った。確かに、ホームのすぐ近くに、果物屋があったので、そういうこともあるのかな、と思っていたが、あとでホームの人に聞くと、

「いいえ、そんな買い物なんかしませんよ。」

行く度に少しずつ減っていた金は、一体誰がどうしたのだろう。

ホームを去った介護士も数え切れないほどいたが、世話になっていることなので、たかが4000円でそれ以上質問はしなかった。

呆けると、「○○(例:嫁)に財布を盗まれた」という被害妄想がすごくなるらしいが、それよりはマシだったのだ。