Wikipediaにも出ているけど、競馬のルメール騎手はフランス人だが、日本に来る前、日本のテレビ番組を見て日本語を覚えたという。
そういえば、競馬で勝ったときのインタビューも、ちゃんと日本語でおこなっていた。
フランス語nativeの人が、アルファベット語ではない言語をできるようになるって、生半可な事ではないと思う。
私なんて、英語のテレビは字幕がなければちっとも見たくないし、漫画は、読む気になれない。
漫画についていえば、「芸術的」ともいえる日本の漫画と比べて、英語のは、絵も雑で幼稚だし、いつまでたっても会話の意味も取れないものが多い。
長年英語を勉強している私でさえそうなのだから、ルメール騎手を始め、日本のアニメ、TV、漫画などで日本語を覚えた、っていう人たち、どういうセンスをしているのだろう? いまだ英語と格闘し続けている自分が悲しくなる。
先日、NHKのラジオで、イタリア語を聞いていたら、なんだかスペイン語とそっくりだった。
旦那に話すと、
「イタリア語とスペイン語は、ラテン系の兄弟。ポルトガル語は、スペイン語の汚いやつ」
ポルトガル語nativeのかたには失礼。だけど、ほんとこの3言語ってよく似ている。日本語によく似た言葉なんてないから、こういう言葉たちを外国語として勉強している人ら、なんてラッキーなのかしら。私の知り合いに、フランス語をずっと勉強している人がいるが、
「イタリア語とフランス語みたいに似た言葉を外国語として学び合っているなんて、不公平だ」
と怒っていた。
英語民族についてだけど、彼らって、有名人でいけば、パックンとかスペクターのように日本語の上手な人たちもいるけど、私が長年、アメリカ系企業で働いてきた感触でいけば、まず、世界中どこにいっても英語しか話そうとしない。
電話を取って出てみると、のっけからペラペラペラ、だし、会社の受付に来ても、ペラペラペラ。
最初に「May I speak in English?」と聞こうだなんて、つゆほども思っていない。
私が以前、人事の仕事をしていたときには、よくガイジンから電話がかかってきた。いきなり、
「Hi, my name is John. May I speak to ●● Manager?」
と、英語で話し始めるのである。●●マネージャーは人事部長で、こういう電話はまずヘッドハントに間違いないのだが、人事部長がそういう電話に出るのを嫌がっていたせいもあり、私はしばしばおちょくった。
「あの、どちらの会社のジョンさんですか?」
とか、
「●●に電話のアポ取っていますか?」
とか。こういうわけで、東京には、ガイジンだけで経営するヘッドハント企業が結構あることも知ったのだが、彼らもまた「May I speak in English?」とは絶対聞かなかった。私も英語で出なければよかったのかな。
会話だけでなくて、文書についてもいつも思う。どうして英語nativeたちは、世界中どこへでも英語、つまり自分のnativeの言語だけで平気で書類を送りつけてくるのだろう。日本人だったら、常に英訳を添えるのが当たり前だと思っている(でないと、先方は読みもしないだろうし)。しかし、その逆、つまり、相手方の国の人が読めるように訳を添えようという発想が皆無なのは、いくらなんでも傲慢じゃなかろうか。
話は変わるけど、トランプ大統領の二度目の弾劾裁判も無罪となった。
トランプの大ファンの旦那ちゃんは、
「Trump has been acquitted!」
と喜んでメールしてきたけど、「acquit」なんて単語、見たこともねーよ、と思いつつ、調べる。
「無罪」って意味だろうとは推察できたけど、刑事裁判じゃないから、「not guilty」とは言わないのだろうか。
とにかく、日本語には、似た言葉が世界になくて苦労するし、それから、英語民族は絶対世界中で英語しか話そうとしない人ばっかりだなあ、という、よくある愚痴でした。
支那語も、似た言葉は世界にないけど、人口が腐るほどいて、世界中に移民として輸出しているため、世界でそれを共通言語化しようと目論んでいる。