子供を産む、産まない

 

 

誰もが予測していた通り、我が国の少子化はさらに加速している。40年連続で減少し、少子化で知られる韓国(12.2%)やイタリア(13.3%)よりも、人口に占める子供の割合は少ないそうだ(11.9%)。コロナのせいで、来年統計を取ったら、更に低下していることだろう。

こうなったら、高齢者にも1日でも長く働いてもらうしかない。ちょっと前、昭和のころまでは定年が55歳だったなんて、いまでは信じられない話だ。もともと、農業や自営業などでは、年齢にかかわらず、体が動く限り働くのが当たり前だったので、サラリーマンの勤労制度をもっと柔軟に出来るようにするべきだろう。なんといっても日本人は働くことが好きなのだし、働くことほどボケ防止や健康維持に役立つものはないし。

 

私は子供を産まなかったので偉そうなことは言えないけど、私の周囲は、同じく子無しか、産んでいても、1人だけだ。

「夫婦で働き、きちんと子供を教育させようと思ったら、子供2人なんて無理」

と口をそろえて言う。

だから、ちゃんと先のことまで考え抜いている賢明な夫婦の間には、子が一人しか産まれない。

これに対し、以前、「なんだかなあ・・・」と思って読んだ記事があるのだが、親に育児能力が無く、児童養護施設で育った女性が、若くして結婚し、ボンボンボンと子供を3人産んだところ、夫からの暴力などで離婚することになったが、彼女の親には当然彼女を迎え入れる能力もなく、彼女も仕事をする能力もお金も無いから、彼女と子供3人は、生活保護の申請をする、ということだった。

こういうふうに、先々に対する考えもなく、ただボンボン産む人は、産む。そして、しまいには税金に頼る。

私の住んでいる区内にも、以前テレビでよく取り上げられていた「17人の子だくさん」夫婦がいたけど、その一家も、子供らの成績は「オール1」で、中卒で働くのが家の掟だという。そして、そういう家で育った子たちもまた、早婚(あるいは未婚)で、ボンボン子供を産み始める。

 

少子化も問題だけど、産んでくれる側のレベルの低下も重大な問題ではないだろうか。男性と対等に働ける、能力の高い、優秀なDNAを持つ女性たちは、子供を産まないで仕事に精を出している、というか、子供を産んだら働けないのだが。これに対して、そうでない女性からは、ボンボン子供を産んでもらっても、優秀な子供が誕生する確率は、ちょっと、期待できないのでは。しかし、そういう側面は、メディアで検討すると「差別だ」とか「人権が」とかの問題になってしまうので、公に指摘が出来るのは、もっぱら少子化という人数の問題に限られてしまう。

 

終身雇用制度で、男性はどんなに仕事ができなくても定年まで雇われ、女性は25歳くらいまでに(寿)退職しなければならなかった時代は、優秀な女性たちも専業主婦になって生きるしかなかった。しかし反面、優秀な女性のDNAがちゃんと次世代に受け継がれたことになるから、男女雇用機会均等法以前の女性たちが産んだ子供はレベルが高かったかも知れない。均等法が女性を働きやすくした反面、次世代の出生数を減少させ、その平均的レベルを押し下げているとしたら、皮肉な結果である。

ただでさえ少子化なのに、その質も低下しては、日本の先行きが暗い。

 

私が産まなかったのは、両親のせいだ。

「お前は、婆さんにそっくりだ、そっくりだ」

と、親は、何か私に気にくわないことがあると、私をそう叱りつけた。「婆さん」というのは、精神的にほとんど狂人だった父の母のことだが、私は頼んでこの婆さんの孫に産んでもらったわけでもないし、婆さんに似た子が産まれて困るなら、最初から産まなければよかったのに。私が長じてから、そう両親をののしったら、やっと謝ってくれたけど、遅かった。本当に腹が立つ。婆さんの血は断絶。世の親は、子供に落ち度のないことで、子供を叱ってはいけないよ。