20年前の号外

20年前に横浜駅で配られた号外、さがしたらまだ持っていた。

 

 

 

ご結婚から8年半でやっと第一子、というか、最初で最後のお子様をさずかった。

神の采配であるけれど、正直、周囲の反応は、

「8年半かかって、それも、女の子かあ」

っていう印象だった。その後、宮内庁の方から、

秋篠宮家に第三子を」

という要望が出され、紀子様が男子を出産なさった経緯がある。

紀宮様は男子2人のあとの女子であったから大層歓迎されて生まれた女子だったけど、その後、どの宮家にも女子しか生まれず、9人連続して女子ばかりが生まれ続け、皇室は何かに呪われているのか、と思った。そういえば、明治天皇大正天皇も、数多くの側室から生まれ、かろうじて成人した男子である。科学的な考え方ではないけれど、皇室は、男子の生まれにくい、育ちにくい何かがある。

 

もちろん、出産に関してはご夫婦のプライバシーそのものだけど、美智子様がほとんどハネムーンベイビーで現天皇を出産され、紀子さまもほとんどスムーズに懐妊なさったのに、雅子さまに限ってなぜか、「ご出産のプレッシャー」と8年も戦わねばならなかったのが不思議だった。

雅子さまは、まだ皇室に嫁いで間もない頃、現上皇陛下から、

「みんな二人の間の子供を楽しみにしているからね」

と、優しく話しかけられても、

「私の周りにそんなこと言う人誰もいません!」

と刃向かったという。唖然呆然、である。おなかが大きかったころの写真も、紀子様はご出産直前までバンバン外出なさって写真にも沢山撮られていたのに対し、雅子さまはあまり撮られるのがお好みでなかったようで、マタニティー写真はあまり記憶が無い。ご出産には最初からあまり関心がなかったようだった。

 

愛子さまについては、これまた「優秀伝説」を流布されて、やれ「東大合格確実の頭脳」だとか神格化したような噂が流れていたけど、結局、学習院大学文学部という、一番ありがちな選択に落ち着いた。

ティアラを新調せず、叔母さまのものを使われたのはとても素晴らしいことと思うけど、成年式を迎えられても、肉声が、ありがとうございます、しか流れなかった。

幼いころ、絵本を見ながら「ひよこさん、みーつけた」「パパも」と言っていた動画を見たら、絵本が上下さかさまだった。

どこかへ行くにしても、かなり年が行くまで、雅子さまに、「どこかへ行かないように」とばかりに、手をわしづかみにされ続けていた。

成人されたのはおめでたきことだが、ちゃんとお一人で会見ができるところを見てみたい。

 

さて、上述の号外の裏面はこんな感じ。

 

 

21世紀にもなって側室制度を復活させるわけにもいくまい。となると、旧皇族の男子の皇族復帰が一番無難な選択であるような気がする。女性皇族が結婚後も皇族の地位を保持する案もあった(あえて過去形で書く)けれど、KKと眞子さんを見て、それは失せた。