本の断捨離が進まない(2)と「ギョウ虫検査」

同じようなネタを去年も書いていたのを発見した。

 

 

蔵書を、一度さっと読んでから処分しようと思うと、困難にぶち当たる。

以前一度は読んだと思うのだが、改めて読むと、内容をほとんど覚えていないからだ。

だからまた1からほとんど新鮮な気持ちで読み返せる・・・ ので、全然進まない。

これってなんでだろう?と思っていると、多分、私じゃなくて母が買って残していった本だったりする。だったら仕方ないか。

佐藤愛子さんの「これで、おしまい」なんてエッセイ本は、彼女が87歳の年に、終筆宣言代わりに書いた本だ。なのに、彼女は98歳になった今でも、まだ本を出している。あれのどこが「おしまい」だったのだろう?

母は全然読書家ではなかったけど、やはり、同世代の女性による本を買う傾向だった。多分、新聞広告で見たものだったろう。しかし、それらを読んでも、著者が親しくしていたが、読者から見たら、ほとんど「歴史上の人物」のような人たちの名前が並び、

「ああ、彼らも向こうへ行ってしまった。私もそのうち行く」

なんてフレーズが出てくる。まあいいんだけどね。

とにかく、ハードカバーって重量があるから、床にも悪い。同じ内容なら新書版で買える時代である。もちろん電子媒体でも買えるが、私はあまり好まない。

 

図書館へ行き、女性作家コーナーへ行くと、ビックリするのは、書名が、

「老いの○○」

「90歳 老いを生きる」

「ここまで長生きして」

など、もう、老婆の本がこれでもか、これでもか、と並んでいることだ。もちろん、老女性作家なら家事育児に時間を割かれず、たっぷりと書く時間を確保できるっていう理由もあるのだろうが、私がちょっと残念だなと思うのは、そういう「老い」をテーマにしすぎてしまうと、若い女性は手に取ろうという気にならないだろう、ということだ。

人生の先達から、学べることも多々あるのにね。それにしても。もう「歴史上の人物」になったような人たちとの交遊録なんて、若い人たちが読んだって面白くないだろうな。しかもそれら老女性作家たちは、世代的に、会社勤めというものをしていないはずだ。林真理子さんや内館牧子さんらは、会社勤めを経てから作家になった。だから、若いOLらも彼女たちの本は実感と説得力を持って読めるだろう。

私は、女性の先達に大いに語って頂きたいと思うのは、現役時代の失敗談である。成功談もいいけれど、失敗談から学べることこそ多いと思うから。私だって、いま振り返ると、若いころに取ってきた行動の数々を、顔から火が出るほど恥ずかしく思える。私がもしこれから起業し、誰かを雇うとしたら、絶対50歳を過ぎた人がいい。数々の経験を乗り越えているから。日本の企業って、まだ何も分からない大卒の新人をよく雇って根気強く育てるものだと感心する。私が長年働いてきた外資系は、最初から必要とされるスキルを持っている人らを選んで中途採用する。ゼロから育てる環境ではなかった。

 

 

・・・・ と、ここで、話は脱線する。

上述の佐藤愛子さんの本に「ギョウチュウ検査」の話が出ていたので、あ~~、そういえば昔、小学校のときやらされたな~~と思った。

年に1回くらい、学校から配られて、朝、コーモンに貼り付けてから剥がし、学校へ持っていったアレである。

今はどうなっているのかと、ネットで調べてみたら、2016年3月をもって廃止されたのが分かったが、私はむしろ、

「え?? そんな最近までやっていたのぉ???」

と驚くばかりであった。

たまに、コーモンに貼るだけでいいのに、余計な物をくるんで来る子がいたりした。