エロいユニフォーム

昔から、女子フィギュアスケートの衣装については、すごく不思議だった。

下品な言い方だけど、あれは「スカートの下からパンティーひらひら」だからだ。

競技の際には大股を開示して滑る。だから観客もみな、股間とかお尻とかを凝視する。

普通の人が、スケート場でも何でも無い場所で、あんなスカートピラピラパンティー丸出しにしたら、絶対注意を受けるものなのに、フィギュアだと許される。

陸上選手もそう。ビキニのような衣装で女子選手が競技に挑むようになって久しい。

 

昨日の五輪で、ドイツの女子体操選手4名が、足首までつつむボディースーツを着用したそうだ。

 

 

女子体操選手といえば、水着のようなユニフォームが普通。最近は、お尻の下の部分がかなりはみ出し加減だ。

ジャージのような体に密着しない衣装で競技したら、採点に影響がでるのだろうか?

 

それから、ノルウエーの女子ビーチハンドボールの選手たちも、ルールとされているビキニの着用を拒否し、短パンでプレイしたそうだ。ちなみにその罰金は、アメリカの女性歌手だか誰かが払ってくれたそう。

 

 

ビーチバレーにしてもそうだが、砂場でビキニでプレイしていたら、擦り傷とかできそうだし、下世話な話だけど、ブラとかショーツの間に砂が入り込んでしまいそうだ。「ポロリ」の危険性もある。

 

こういう、ピラピラタイプ、ピチピチタイプ、ビキニタイプといったスポーツのユニフォームは、女性の私からしたら、疑問だ。彼女らの抵抗には大きく拍手したい。ルールで定められているとしたら、定めているのは、男性らに違いない。

最近、「女性アスリートらを性的視線で視線で撮影しないように」と警告が強まっているのに、実際問題、こういうユニフォームがスタンダードをなら、何をか況んやである。

伝統にも変革が必要

柔道にカラー胴着が導入されてから、ずいぶんたつ。調べてみたら、シドニー五輪(2000年)で初めて導入されそうだ。

服の色が違えば、観衆にも、そしてもちろん審判にも見やすい。選手の勝敗も、区別が付きやすい。

カラー胴着の導入に対しては、日本が最後まで抵抗したらしいが(↓下の記事)、国際試合ではカラー柔道着の導入を譲ったそうだ。しかし驚いたのは、国内ではまだ胴着は白だけだとか。

 

 

ほかの競技は、対戦相手とは明確な区別を付けるため、ユニフォームの色が違う。バレーボールなんて、敵味方のユニだけでなく、同じチームなのにリベロのユニまで違う。

「伝統だから」にこだわりすぎることを、私はあまりよしとしない。

多分、日本の柔道連盟がカラー胴着に反対したのは、「柔道の発祥国ではないガイコクのガイジンが、日本の柔道に茶々を入れるな」という気持ちが根底にあったのだろう。しかし、識別をわかりやすくする創意工夫に「伝統」を以て反対するのも、ただの頑固、意固地にも見える。

 

大相撲には全然詳しくないのだけど、脳しんとうを起こすような「張り手」とか、相手の顔に肘鉄を食らわせる「エルボースマッシュ」なんて反則にした方がいい。それから、土俵から落ちたときに怪我を減らすため、土俵下にマットを敷くべきだと思う。こんなこと言ったって、「大相撲の伝統だから」と一蹴されてしまうだろうけど。

ついでに言えば、短命、病気持ちの多い引退後の体を考えると、体重制限もかけるべきだ。身長(cm)マイナス50くらいをmaxの体重とすべきではないか(つまり、身長180cmの相撲取りなら130kgが限度)。

柔道にも、相撲同様、もともと体重制はなかった。柔道に体重制を導入したときも、日本柔道連盟は、

「小よく大を制す」

とか言って反対したのではないかな。

 

おフランスの柔道人口は日本よりも多いと聞く。不思議だなあ、おフランスで日本発祥の柔道がここまで盛んだとは。

 

最後に。柔道着って、ちょっと組むとすぐ前がはだける。あの帯だけで前をとじていられるわけはないのだ。競技中にあんなにしょっちゅう服装を直す競技は他にない。見苦しいとすら思う。

何というか、前開きでなく、ジャージ型の柔道着など開発したらどうだろう。

五輪選手らには気の毒な暑さ

さすがに、ジョコビッチ選手らから、

「競技の時間を夕方に変更して欲しい」

と苦情が出た東京の暑さ。

誰が考えたって、こんな時期の東京で、屋外で競技をさせるなんて非道である。

あれほど新型コロナウイルスについて尾身先生らから声明が出されるのに、こんなクソ暑い時期のスポーツ開催について、医学界から強硬な反対論が出ないのが不思議。

 

前回、北半球で開催された五輪はロンドン(2012年)。7月27日から8月12日までだったから、開催時期はこの東京とほぼ同じだ。このときもう既に、大スポンサーであるアメリカのTV局のごり押しを反映していたのがわかる。

ロンドンの後はリオ五輪だった。これは2016年8月5日から21日まで。南半球にもかかわらず、やっぱりアメリカのTV局の希望通りになっている。しかし、リオはこの時期、セ氏22度前後の気温だというから、それは理想的だった。

東京の次はパリ。2024年7月26日から8月11日までの予定だそうだ。これもアメリカのTV局の通り。

 

ロンドンやパリなら、東京より緯度が高いから、東京ほど暑さは問題にならない(かった)のでは。ロンドン五輪で「暑くてまいった」という苦情があったようには記憶していないが、私の記憶違いだったらお教え頂きたい。

もう今後、夏の五輪は、北欧とかロシア、カナダ、はたまた、南米とか豪、NZで開催するように限定したらどうだろう。

今回の東京五輪では、ひたすら、熱中症で倒れたり、最悪死者が出ないことを祈るばかりである。

死者でも出ないと、アメリカのTV局のいいなりであるIOCは動かない。出ても、動くかどうかわからないけど。

駄ネタ写真集

夏本番になってくると作る「だし」。山形県の郷土料理だそうだ。

しかし「料理」というほどのものではない。ただ、ひたすら刻むだけ。

使う野菜は、なす、キュウリ、みょうが、しその葉、それから今回はオクラも使った。

ひたすら、2~3mm角のみじん切りにする。

 

 

味付けは、めんつゆ。しかし私は自分の考えで、絶対に「昆布茶」も入れる。

昆布茶は冬にしか飲まないので、冷蔵庫に保管したままの家庭も多いはず。

まぜまぜして、冷蔵庫に一晩ねかせる。

 

 

翌日の朝には、味がしみてくたっとなっている。これをご飯に乗せたり、そのまま食べたり、冷や奴にかけても良い。

おいし~。

 

 

火を使わない夏野菜の料理。考えてくれた昔の山形県の人、ありがとうございます。

 

 

横浜の個人タクシーだけど、支那人がすごく好きそうなナンバー発見。

 

 

昔、香港に旅行に行ったとき、ガイドさんが、

「香港の大金持ちは、8888のナンバープレートを大金出して買うんですよ」

と言っていたっけ。しかし、もう香港にもうっかり遊びにいけなくなってしまったけど。

 

今年のニッスイ株主優待

 

 

魚缶はいくらあっても困らないわ。

「ぼったくり歯医者」と「オシッコ消音」

インプラントを入れてもらった歯科医から、すっかり足が遠のいている。

私のインプラントオペをしてくれた歯医者さんは、知らぬ間に辞めてしまった。

そんなわけで、ある日、突然院長が出てきて私の歯科検診をしてくれたことがあったが、この院長がまた、石をぶつけたくなるほどいやな男で、私は受付を出るとき、

「もう、二度と院長先生はごめんです」

と言い残しておいた。

1年近く行かないでいたら、「院が指定したとおりの検診に来ないと7年のインプラント保証期間が保証されませんよ」という脅しの電話が来たので、しぶしぶ行ってみた。

今回は、衛生士によるチェックとクリーニングだけで、歯科医師は出てこなかった。

 

さて、インプラントを入れたとき、寝ている間、歯を守るため、ということで、ここで作ってもらったマウスピース(写真右)は、すっかり古くなった。確か、保険で作れて、1個2000円くらいだった。

左はネットで購入したもの。熱いお湯につけて柔らかくしてから、歯でぐっと噛んで歯形を付けて使う。これをもう一個買ってあるから、この歯科医に行かなくなって以降、ずっとそれを使ってきたけど、試しに、衛生士に、「以前のようにマウスピースを作ってくれませんか」と尋ねた。

 

 

持参した右のマウスピースを見た衛生士はこう言った。

「今はもっと精密機械で作っていますので、1個5万円くらいになりますが」

ば、ば、ば、ばかやろー!

経営が苦しいのか、ほかにも保険外診療をすすめたり、と、ぼったくり化しているようだ。

 

 

さてと、五輪は今日開会式だそうだ。伝聞形で書くほど、盛り上がりがない。

そんな中、アメリカから来た女性記者が、羽田で、日本のトイレはサイコーだ、と感動し、ツイートしたとネットで見た。

 

 

しかし、あれと思ったのは、彼女は、「音消しボタン」の意味が分からなかったこと。

「I think to make you have to go?」 

自分で押したボタンで自分が出ていかなければならない、って発想がわけわからん。結局誰かがその意味を教え、彼女は改めて日本のトイレに感動したそうだ。

しかし。

 

うちのアメリカ人旦那に、

アメリカの女性は、オシッコの音をたてて人に聞かれても恥ずかしいと思わないの?」

と聞いたら、

「恥ずかしいわけないだろ。誰だってトイレに入ったらオシッコの音たてるだろ」

と言う。

「そうじゃなくて、日本の女性はもっと慎み深くてエレガントなの。私らは子供のころ、いまみたいに多機能トイレがなかった当時は、音が聞かれるのは恥ずかしいから、外のトイレでは、水を流しながらオシッコしなさい、って母親から教わったんだよ」

と言うと、バカバカしくて話にならない、といった顔をした。

「あんたは男だから女の気持ちがわからないんだと思う。姪のRitaとか姉さんのCynthiaにも聞いてみてよ」

と頼んでも、

「They would just laugh at me」(一笑に付されるだけだ)

と、話を打ち切られてしまった。

東大の地震学者の予言(2012年1月のこと)

図書館に、要らない本を持ってきて置いておくコーナーがある。「ご自由にお持ちください」のコーナーだ。

たまたま、五木寛之氏の「選ぶ力」という本を見て、持ち帰った。

初版は2012年11月。9年前だ。

 

 

その中で、こんな一節を見た。

 

「先日、東大地震研究所の平田直教授の発表したデータが大きな反響を呼びました」

で、その発表というのが、

 

「今後4年以内に、70%の確率で、マグニチュード7クラスの首都直下型地震が起こる可能性がある」

 

ものであった。

 

 

元ネタを捜したら、2012年1月の発表だった。

それから4年どころか、9年経った。昔の本を読むと、こういう発掘がおもしろい。

 

「東大の教授」という肩書きだけで、日本でのインパクトは最大級である。丁度、前年の2011年3月11日に、東北に巨大地震が発生したこともあり、こういった「予言」は人々の間に一層の信憑性と恐怖を持って迎えられたはず、だった。

 

地震学者があれこれ発表すると、大きなところでは、インフラ整備等に莫大な税金が拠出されるし、身近なところでは、保険会社の地震保険料率が上がる。

 

この人単独の研究結果ではないだろうけど、名前を出して発表した責任は何かしら取らないのだろうか。

それとも、

「私は、起こらない確率は30%と予測した。それが当たった」

とでも抗弁するのだろうか?

架空の情報で振り回される身にもなってくれないだろうか。

 

ロバート・ゲラー教授は「人類に地震予知は無理」と断言している。

こういった無意味な「%」の発表、ほんとうにやめて欲しい。

平田教授は、まだ辞めてはおられないようだ。

 

 

ハマスタの今、と、小山田某

五輪の「野球」と「ソフトボール」会場に使われる横浜スタジアム(通称「ハマスタ」)。

いつもはベイスターズの選手の姿の大写しが側面に貼られて(描かれて)いるけど、今はこんなことになっている。

 

左は「野球」のロゴだね。

 

 

 

右は「ソフトボール」のロゴだね。

 

 

とにかくスタジアムの周りには近づけないようになっており、こんなふうに「迂回」の指示が出ている。

 

 

 

 

しかし、だね。

野球だけでなく、テニス、ゴルフなど、「プロ」が競技する場がいくらでもあるのに、いつからプロまで五輪に呼ばれてしまうようになったのだろう? テニスだったら4大大会での勝利の方が、ゴルフならマスターズなどの勝利の方が、五輪の勝利よりもずっと栄誉なはずなのに。

「アマチュアの祭典」も、いまは昔。

 

こんなことになるだなんて。

1964年の当時は、日本が、敗戦からの復興を見せるため、国民が一丸となっていた。

支那は当時、最後進国だったし、朝日新聞がガセをたきつける前だったから、在日半島人も大人しかった。

 

それが今回は、支那から余計なウイルスが飛んできた。それに加え、支那が強大になり、在日はやたら反日を繰り返すし、朝日新聞などは、自分のところで開催する甲子園はやめないくせに、「五輪の中止を」と、社をあげて五輪の不成功ないし失敗を応援して止まない。

 

私は、この直前になって辞任した、小山田某という音楽家のことなぞ微塵も知らなかった。

なんでも、雑誌のインタビューで、障害者などへのいじめをしたことを、反省もなく語ったせいで辞めざるをえなくなったらしい。

この、直前になって、ね。

しかし、そんなに、若い頃から今日に至るまで、完全無傷、無欠陥、無失態な人間などどこにいるというのか。

ほじくれば、大方の人には、黒い過去が出てくるんじゃないのか。

私だって正直言うと、中学時代、いじめをしていた。でも、高校を転校し、転校先で嫌われ者になってみると、その過去は深く反省し、もうそれ以降、いじめはしていない。

森喜朗だって、たった1回の(切り取られた)失言らしきもので、失脚せざるを得なかった。

 

そんなに完全無比、崇高、高潔な人材ばかり求めていたら、先頭に立って何かやろうとする人間なんぞ、日本からいなくなってしまうのではないか。

叩くマスゴミSNS側は、完全匿名で、安全なところから人を叩いて、正義を果たしたような顔をしている。