レジ袋

武漢ウイルス問題の陰にかくれ、進展が停滞している問題は沢山ある。あの「日本学術会議」の問題はどうなったのだろう。どう考えても、日本共産党および支那共産党とお友達のあの組織。

私はこれまで、ゴミ袋として使うため、100円ショップで50号サイズというレジ袋を購入していた。いま枚数を見たら24枚入り。だとすると1枚4円あまり。近所のスーパーのレジ袋が、サイズにもよるけど、3円か5円。可燃ゴミを出す週2回という頻度を考えたら、スーパーで買っても経済的には同じくらいの支出だ。また、スーパーの中には、まだ、「当店ではお客様の利便性を考え、レジ袋の無料配布を継続します」と宣言しているところもあるので、そういうところでは、もらってしまう。

スーパーでの無料配布をやめさせたとしても、100円ショップで買ってしまえば、国内で使用される総枚数は変わるまい。環境意識を高める効果はあったかもしれないけど、総枚数が変わらないのなら、結論は同じだと思うのだけど、頭の良い学者様方はどう考えておられるのかしら。

スーパーの、マイバッグ利用による万引き被害の問題は改善されているのだろうか。レジ係がいちいち「レジ袋ご利用ですか」と尋ねなければならない数秒のコストと労力はどう処理したら良いのだろう。頭の良い学者様方には、是非それらにご回答をいただきたい。

 

そういえば、いつごろからプラスチックのレジ袋って登場したのだろう?

私が子供のころ、母は、買い物カゴをさげて買い物に行っていた。

お肉屋さんだと、「経木」という、木材を紙のようにうすーく切ったものを使っていたっけ。肉を包むときは平らにして使っていたが、ポテトフライを頼むと、くるっと丸めて三角錐にし、そこへ芋を入れてくれるお店の人の手業を見るのが好きだった。

 

濡れているものは、どう販売していたのだっけ?

お豆腐は、持ち手のついた小さなビニール袋にも入れてくれたけど、容器を持って買いに行くことも多かった。八百屋さんでもやしを買うと、お店の人が、もやしのひたされた水入りバケツに片手をいれ、むんずとひとつかみし、パッパッと大雑把に水を切ったあと、新聞紙を貼り付けて作った袋に入れてくれたように覚えている。買い物カゴは、濡れても丈夫な素材で出来ていたから、びしょびしょの新聞紙の袋が入っても、あまり気にならなかったのかもしれない。

 

私もたまに、タッパなどの容器を持って買いに行くことがあるけど、ちょっと照れくさく、勇気がいる。

和菓子屋さんに、お供え用の和菓子2こだけ買いにいくため、タッパを持って行ったら、

「ほかにもそういうお客さんいますから」

と、ニコニコして入れてくれた。お店の方でも、包み紙と包む手間が不要でありがたがってくれたらいいな。