ホテルの大浴場

(本記事は2023.11.8に書いたものを転載)

 

ただいま、旅行中。

楽しいけれど、疲れるのが旅行というもの。

そんな中、さっき、ホテルの大浴場から上がってきたばかりだ。旅の疲れを入浴で疲れを癒す国民って、日本人以外にいるのだろうか。

 

私は基本、他人との入浴が嫌いだ。若く貧しかったころ、都内では風呂付きのアパートに手が出せず、銭湯に通っていたころは、つらかったな。特に、冬。

でも、旅先での大浴場は別だ。非日常の娯楽だし、顔も知らぬ人々と、縁あって裸を晒しあう。すらっとしているの、でっぷりしているの、たるんだの、段々になっているの、毛深いの、などなど、直視しないようにと思いつつ、目に入った範囲でつい観察してしまう。

 

さて、こんな中に、「私は心は女よ」と言って、男性器を下げた人が入ってきたら、と考えた。やっぱり、悲鳴を上げて全力で逃げる。こちらも全員裸、というこの上なく無防備な状態で、やれ差別だの、LGなんとかだの、と、ごく少数者の権利ばかり主張されたら、たまったものではない。逆に、体は女だけど心は男、という人が入ってきても、黙っている限り、逃げない。この差はつまり、襲われるかどうかの可能性の違いだ。

 

不特定多数が裸を晒しあう習慣がある我が国では、やはり、一瞬で性別を判断できる外形によって、浴場や脱衣所の使用の可否を判断する以上に、ことをややこしくして欲しくないものだ。下手に少数者の権利ばかりに応じなければならないと、ホテルや浴場などが、訴訟対応に追われ、遂には倒産か廃業に追い込まれるぞ。それら少数権利者は「してやったり」と溜飲を下げるのだろうけど、職を失う多数者の身にもなるがよい。