長嶋茂雄氏のサイン

年末に、たまたま「おまかせ録画」されていた、BSフジの徳光さんと掛布さんの対談番組を観た。

 

徳光さんは、言わずと知れた巨人ファンだし、掛布さんも千葉県育ちで、王・長嶋に憧れて育った人だ。

奇遇にも、掛布さんがルーキーだった19歳時、長嶋さんの引退時38歳と1年間だけ重なることができたのが非常に奇遇で幸せであったようだ。また、掛布さんの結婚式に招待したけれど、あいにく当日長嶋さんが37.5度ならぬ「3割7分5厘」(笑)の発熱で乾杯の音頭を辞退なさった、とか、あの長嶋流エピソードの数々にかなり笑えた。偶然録画できて良かった。

 

さて、我が家のほど近くに、めったに足を踏み入れない食料品店があるのだが、年末に「まぐろ」ののぼりを立てていたので、ちょっと寄ってみた。そうしたら、その店主、大の長嶋ファンのようで、壁のあちこちに長嶋さんの現役時代のポスターが貼ってあった。

また、こんなお知らせも貼ってあった。

「2024年の長嶋茂雄カレンダーをお届けします」

だって。へえ~~、そんなカレンダーが、引退後今年でちょうど50年なのに、いまだに発行されているんだぁ~。

 

長嶋家の家紋は「丸に違い鷹の羽」のようだ。

 

ご存じの通り、長嶋さんは、2004年、脳梗塞に襲われた。左の脳をやられたようで、以来ずっと、公の場に出るとき、利き手の右手は、ポケットにしまったままだ。

 

下の左側のサイン色紙は、長嶋さんが現役のころ、この店主が一緒に写真を撮った際、もらったものらしい。

この店主にとっては、お宝だろう。

 

 

しかし、右の「生きる」という幼稚な筆跡・・・

どう考えても、利き手ではない左手で、かろうじて書いたもののようだ。

 

長嶋さんが脳梗塞に襲われたのは、68歳の時だった。

そしてちょうど掛布さんが今、68歳である。関係ないけど、偶然の事実。

長嶋さんも、病後20年、手厚い看護を受けているらしく、もうすぐ米寿だ。