KKが事実上婚約できず挫折に至らせる方法

皇族においては、外から嫁いで来られる「妃」の資質が本当に大きいのだなあ、と思うこのごろ。

 

華族ではない、平民の女性を自ら所望されたのは、上皇陛下である。美智子様の20代の頃のお写真を拝見すると、それはそれは、到底平民とは思えぬオーラを放たれており、これなら、旧華族のご令嬢たちもかなわないわけであった。

しかし、その結果、これはで皇室を支えるべく組織された会から、忌避されるようになってしまった。

結果、3人のお子様がたはみな、平民と結婚した。現天皇陛下には、久邇晃子さんという、旧華族の方とのご婚約がかなり煮詰まっていたらしいが、小和田さんを諦められなかった陛下が、心中、嫁ぐ用意をされていた晃子さんを振ってしまったのである。なんとむごいことを。もし晃子さんと結婚されていたら、あんなに「適応障害」を振り回し、皇室の評価をおとしめるような妃、皇后にはならなかったのではないか。

ご次男はもっと平民の方と結婚してしまったので、娘たちには皇族としてのしつけが全然されないまま成人し、あまつさえ、長女は変なヒモ男にひっかかってしまい、次女はヘソ出しダンスなぞしている。

 

その長女よりあとで婚約しながら、きわめて順調に、みなの祝福を受けて結婚し、ご出産もなさったのは絢子様であるが、彼女の母上は、九条家の血筋を引いており、娘たちの縁談をとりまとめるのも、そのような家柄の集いのなかから選んだ男性とさりげなく結びつけている、と聞いた。

 

さすがだなあ。やはり旧華族のお家柄は違う。

 

絢子様が婚約なさったとき、納采の儀の「使者」は、ご親族の一人で、東京大学医学部を出られ、元、国立国際医療研究センター病院長をお務めになった、という、この上ない肩書きをお持ちの方であった。家柄の良い方は、本当に、ご親族にも立派な方がいるものだと感服する。

 

 

で、KKであるが、まともに親族がいると聞いたこともなく、秋篠宮殿下に「納采の儀の使者は誰にするのだ?」と聞かれても、答えられなかったという。

 

納采の儀は、皇室典範に定められた行事ではないとはいえ、伝統的に確立した儀式である。

つまり、母親と二人だけで密着して育ったKKには、こういうことをしてくれる親族が誰ひとりいない。

これがネックとなって、永遠に婚約できないまま、30過ぎ、35を過ぎ、婚約を棚上げ状態にするという結果にならないだろうか。

 

絢子様がご結婚なさったとき、インタビューの一部に、こんなお答えをされていた。

「皇室の一員であるということは、天皇皇后両陛下をお支えするということだ、と、幼いころから教わっておりました」

秋篠宮家の娘たちから、このような言葉が聞かれることは到底期待できない。彼女らは、天皇皇后を支えるどころか、自己欲求ばかりで生きている。