豆腐は生で食ってはいけない香川県民(と亡父)

先日、何気なしにYou tubeを見ていたら、あるスレッドをまじまじ見てしまった。

 

 

その投稿者は、自分の妻が、豆腐をパックから取り出し、さっと洗って食卓に出したのを見て激怒し、

「俺を殺す気か!!」

と大騒ぎした挙げ句、どうしても怒りがおさまらないので2chに投稿して、

「うちの嫁が豆腐を生で出した!!キチガイだ!」

とスレッドを立てたというのである。

結果、ご想像に難くないと思うが、それを読んだスレ民らからはフルボッコで、

「お前がおかしい」

「冷や奴は生で食うもんだろ」

「そもそも豆腐に『生』という言葉って使わねえよ」

「豆腐は豆乳をよく煮て作るのだから、生じゃない」

等々、さんざん諭されて、自分の方が少数派なのを悟ったらしい。

中に、冷静なスレ民がいて、

「お前、香川県民か?」

と聞いてきた。投稿者自身ではなく、その母親が香川出身だという。

「俺のお袋は、豆腐は生で食ったら腹をこわす、と言って、冷や奴も茹でてから出していた。それが当然だと思っていた。香川だけだったのか」

と、しょげていた様子だった。彼に取っては、豚肉を生で出されるより恐ろしいことだったのかな。

 

かくも、幼い頃からの風習とか思い込みは、恐ろしい。他の風習に触れたことがないまま育ってしまうと、他の地域や風習の人との間で、こんなトラブルはざらにあると思う。これが原因で、離婚原因にすら発展する。

 

それから、私も、ネットで「香川 豆腐 煮て食う 腹をこわす」等で検索してみると、香川県人らがそう信じる理由は、ただただ「そう言われてきたから」と、祖父母か曾祖父母からの言い伝えを信じているだけのようであった。その当時とは今は衛生環境ぜんぜん違うんだけどなあ。

 

それで思い出したのが私の亡父である。

 

亡父は、実母に産み捨てにされ、新潟の田舎で祖母に育てられた。亡父は祖母を母親だと思って育ち、たまに来るその人を、母とは知らず、皆が呼ぶように「姉さん」だと思っていたという。

とにかく、亡父は「ババコン」の塊だった。「ばあちゃんがこう言っていた」と言えば、石が降っても槍が降っても絶対にそれが正しいのであった。ど田舎の無学無教養なばあちゃんなのに。

 

時は私が高校時代に飛ぶが、母が、実家に行かなければいけない用事があって、私に数日間食事の支度を任せて行った。私は高校生のときからかなり料理が好きだったので、問題なく引き受けた。

しかし、母には「事前に充分説明しなくたって、わかるだろう」と思い込む、悪い癖があったのである。

私は腕をふるって、日本のおやじが好きそうなおかず、例えば、「切り干し大根の煮付け」「ひじき煮」本で見た「里芋のとも和え」などを作り、めざしを焼いたりした。

しかし、亡父は、いやそうな顔をし、ちっとも箸が進まない。

ある時は、冷や奴を出したが、これまた亡父はいやそうな顔丸出しで、ちっとも食おうとしないのである。

それで、いつもどおり、ただしょっぱいだけで、栄養のかけらもないような味噌漬けとか漬物とかで飯を食っていた。

 

母が帰宅してから、父がこうだった、と話すと、母は、

「ああ、お父さん、そういうの全部嫌いなのよ」

と言うではないか。なんだよ~~母。

冷や奴も食べないんだよ、と言うと、母は、

「お父さんは、冷たい豆腐は絶対に食べないのよ」

と言うでは無いか。へ?なんで?夏の美味ではないか。何が悪い?

その答えは、というと、ババコンの塊だった亡父は、

「ばあちゃんが、豆腐はよく煮て食わないといけない、と言っていたから」

と。

私はあきれはてた。そんな、ど田舎で保存状態が悪かった時代のばあちゃんの言葉を金科玉条にしているってか?

「お父さんはね、思い込んだだけで、下痢するのよ。生で豆腐を食ったと思っただけで、豆腐が何も悪くなくても、思い込みで下痢するの」

と母は言った。

 

思い込みの激しい性格ときたら、亡父は日本一だった。

また、好き嫌いが激しい、というか、食べられるものの選択肢が極めて狭かった。子供の頃、ばあちゃんに出してもらったような貧しい食事が口に合い、何か新しいメニューを作って出しても、絶対に食べないのであった。死ぬまで、塩まぶしの鮭、味噌漬け、塩漬け、煮物、そんなものばかり食べていたが、血圧も平常だった。

なので、私は栄養学者や医者が「栄養うんぬん」「塩分と血圧」とか言うのをあまり信じない。

亡父のさらに困ったところは、そんなに食べる物が限られているのに、

「俺は、好き嫌いなく、なんでも食うよ」

と人に吹聴するところだった。馬鹿か?で、実際何でも出されると、大半残してしまうのであった。

私は亡父が大っ嫌いだった。