汁物って、いいなあ

寒くなってくると、鍋物とか、熱々の汁物が恋しくなる。

こういう料理が普通にある日本って、なんと素晴らしいんだろう。

そして、もっと素晴らしいのは、こういう料理に合う食材が、寒さが増すにつれて、美味しくなること。

大根、白菜などの冬野菜。鱈、アンコウなどの魚たちや、それらのアラ。自然の仕組みに、感謝感謝である。

 

うちの旦那は、「I'm not crazy about soup」という人だった。

英語で「Not crazy」というのは、「気チガイではない」という意味ではなく、「あまり好きじゃない」程度の意味だ。そうは言っていながら、私が作るコーンスープとか、その他さまざまなスープ、ポタージュ類は、出せばぺろっと食べたので、要するに、料理が超下手くそだった母親が、缶詰を開ける以外のスープを作って出したことがなかったせいらしい。

しかし、鍋物のように「湯気が出る食べ物」には、保存して置いた服にカビが生えたことをきっかけに、家では厳禁となった。この「鍋物禁止令」については、過去Yahooブログに再三書いたから省くけど、日本人にとって冬場に鍋がNGなんて、悲しいことこの上なかった。おまけに、ヤツは、除湿機を買ってきて、年中狂ったようにかけまくったのである。家に湿気があると、激怒した。こういうところが、国際結婚の狂気である(というか、ヤツの狂気。かっとなると、見境もなくなる)。

それでも、京都から横浜に戻ってきて以降、私が鍋を出せばだんだん食べるようになった。もちろん、鍋にはすぐふたをする、等の厳しい条件があるが。

 

先週、毎週録画して見ている日テレの「ケンミンショー」で、日本中の汁物特集をやっていたので、食い入るように見てしまった。

いいなあ。汁物は、水がベースだから、大量に作るのにうってつけだ。材料なんて目分量でもなんとかなるのも、また良い。そして何より、「ゴボウ」の存在が大きい。ゴボウを食べる国は日本とあとどこかくらいらしいけど、ゴボウは、味だしの役割も果たす偉大な野菜である。ゴボウを入れる、入れないで、味は大きく違ってくる。そして、味噌という調味料により、西洋で言えばシチューっぽくなる。

 

長野県では、レタスの味噌汁を食べるというのがフィーチャーされていたけど、私は新婚時代、故・滝沢真理先生の料理本で、「レタスバター」という味噌汁を見てから、普通に作っていた。レタスって、生だとかさばって食べづらいが、スープにしたり、炒めてオイスターソースで味を付けると、1玉くらいぺろっと食べられてしまう。レタスの味噌汁にバター、って、すごく合う。

 

 

番組中に出ていた、北海道の「タチ(鱈の白子)の味噌汁」、さっそくマネして作ってみたが、う~~ん、これは、もう、いいかな。白子は大好きなんだけど、ポン酢などでしっかり味を付けないと美味しく食べられないことが発覚。

 

 

のっぺって、新潟の汁物らしいが、うちの兄嫁の田舎(茨城県)では、お正月、おせち料理というものを全く作らず、新年は「お赤飯とのっぺ」で祝うのだという。へえ、おせちを作らない地方があるんだ、と驚いたけどね。

 

ケンミンショーを見ていると、どこの家でも、主婦(おかあさんやおばあちゃん)たちが台所をしきり、

「は~い、できましたよ」

と、お料理を運んでくる。

私は、頭が古いのかもしれないけど、いくら「男女平等」が進んだとしても、こういう光景を見ると、ほっとしてしまうのだ。もしこれが、女がテーブルに座って、男が料理と給仕をする、って、やっぱ、サマにならないなあ。「お袋の味」は、永遠の記憶に残るから。

うちのアメリカ人旦那のように、料理のできない母親に育てられると、そういう記憶がなく、食に関してはつらい思い出しか残らなくなる。しかし、そのおかげで、私の手料理は、なんでもかんでも美味しそうに食べてくれる。その辺の日本人よりずーっとずーっと好き嫌いは少ない。